長野県の東部の佐久市へは、東京から北陸新幹線で75分。日本でも珍しい標高700メートルにある高原都市は、浅間山連邦、八ヶ岳、荒船山に囲まれた佐久平の中心に位置しています。気候は晴天率が高く、降水量、積雪量は少なめ。この気候特性は「星の町」と呼ばれるほど澄んだ空を生みだし、宇宙観測に適しているといる理由から、JAXAの臼田空間観測所をはじめとする天文観測所も集まっています。また、豊かな食も佐久の魅力。高原地帯の寒暖差が生む地元野菜には定評があり、多くのシェフが移住してレストランを開いています。さらに、水にも恵まれ、どこでもおいしい水を飲むことができます。
地域コンシェルジュ
地域コンシェルジュは、地域で暮らすエキスパート。あなたが地域で活躍するための、一番の協力者です。どんなことでもご相談ください。
SAKU
江原政文
日本でも珍しい高原都市の佐久市には、豊かな水に育まれた食文化と、風土に裏付けられたクラフトマンシップが息づいています。それぞれの魅力を接続していきましょう。
佐久市にあるのはどこまでも広がる空。その向こうにたたずむ山々。町を流れる川の恵み。
夜空にあふれる数々の星。なんにもないけど、なんでもある町。佐久市には、悠久の太古から連綿と続くヒトの営みを感じる。山々に畏敬の念を抱きながら、自然の恩恵を受け、こつこつと生きていた人の気配を感じる。こつこつと、丁寧に紡いできた暮らしは今にもつながっている。野菜を育て、湧き出る水を守り、町の暮らしと豊かな自然が隣り合わせに存在している。町のヒトも自らの手を動かし暮らしを創るヒトが多い。野菜や料理、クラフトなど、この町に連綿と続いてきた息吹を守る様にして、自分の身体性の中で暮らしが表現されている。
佐久市の魅力の一つは、都市の暮らしを営みながら、農に近い暮らしも実現できること。新しい暮らしをはじめるには、うってつけの土地だ。新幹線や車の移動で他県や都市部へのアクセスがいい一方で、少し自然に分け入れば畑を持ち農のある暮らしを営むこともできる。暮らしながら、通いながら半農半業を実現できる距離間が佐久市にはある。食やモノづくりを生業とするヒトが多いのも町のもう一つの魅力。ケーキの町とも呼ばれ、食べ比べができるほど洋菓子店がある。素材にこだわりのあるシェフが営むレストランも多い。また工房を持ちモノづくりするヒトもいる。暮らすヒトが自分の人生を自分で描き続けることができる、それがこの町の大きな魅力だ。
「ローカルメディア」として地域の魅力を発信する
長野県佐久市のローカルメディア「おかさく」として、佐久市の魅力を発信し続けている岡田 薫さんにお話を伺いました。岡田さんが考えるローカルメディアを運営することとは。 メーカーのシステムエンジニアから地域の魅力発信者へ これまで「佐久のファン」として、町の魅力発信を行ってきましたが、現在では、佐久市のローカルメディア「おかさく」としてYouTubeを利用した動画配信を行っています。地域の、魅力あふれる方々のインタビューを通じて、もの作りをする人の最終アウトプットではなくて、そこにある思いやプロセスなど、ストーリーを紹介しています。僕自身は、大阪出身で、23歳から10年間東京のメーカーでシステムエンジニアとして働いていました。海外の工場にシステムを導入する仕事で、やりがいを感じていたのですが、10年目に部署を移動になって、やりがいを見失って退職。退職後は約1年2ヶ月の間、東京の自宅を拠点に全国各地を旅していました。2018年の初めに個人事業主登録をし、同じ年の秋に起業して、インターネット販売を行っています。でもメインの活動は「おかさく」としての情報発信です。 偶然の出会いから佐久市へ移住 仕事へのモチベーションを失って退職したので、退職後は自分が何をしたのか突き詰めようと思い、ボランティアをしながら日本全国の面白い人に会いに行く旅をしていました。ある時、岐阜県高山市のゲストハウスで、ペンキ塗りや左官のボランティアをしているときに、佐久市の江原さんに出会いました。そこで初めて、佐久市という場所があることを知りました。その後、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言があり、東京の自宅でスーパーの買い占めや食料品不足があり、お金を持っていても買えないものがある、むしろ人とのつながりの方が大切なのではないか、と思うようになりました。この経験から地方移住や多拠点居住を検討するようになり、現在は、東京と佐久の二拠点居住をしています。 人の優しさが佐久市の魅力 多拠点居住を検討する上でいくつか候補があった中で、最終的に佐久市に決めたのは、環境の良さです。東京から新幹線で70分という近さも魅力でした。いきなり完全に移住するとなるとハードルがありますが、佐久市はすぐに戻ることもできる距離感です。さらに夏は涼しく、空気も綺麗で景色もいい。長野県は食料自給率も200%といわれるほど食も豊です。また、暮らすようになってから気が付いたのですが、人がすごくいい。この点が最大の魅力でしたね。人が優しくて親切です。 「おかさく」としての情報発信 「おかさく」としては、地域事業者など情報を発信されたい方の店舗や商品のPR、イベント告知などを行っています。進め方は情報を発信されたい方からヒアリングを行い、一緒に内容を整理して、僕自身の目線で編集し、動画に落とし込むというやり方です。基本的に費用はいただいていません。それは、僕自身が「ヒトの役に立つこと」が好きで、「地域を応援したい」「地域に貢献したい」という気持ちがあるからです。 また、「安心で楽しい暮らし」を創りたいという想いも持っています。お金に頼り過ぎずに、自分の暮らしを創っていきたい。そんな想いからも地域で活動して、仲間を増やしていくことに価値を感じています。今後は、他地域の方が佐久市の魅力的なヒトと出会えるような仕掛けづくりも考えています。 https://www.youtube.com/watch?v=Ptj_gRF3vzM&feature=youtu.be シェアハウスで暮らすことから始める移住 僕は柏屋旅館というシェアハウスを利用しています。いまは、月に7日間宿泊で10,000円というプランを利用しています。地域に入るきっかけとしてシェアハウスに住んでみるのはお勧めです。知り合いがいない地域でも、シェアハウスに住むと近所の方も訪ねて来たりするので、確実に知り合いが増えますね。敷金や礼金もかかりませんし、生活に必要なものもある程度揃っています。特に柏屋旅館はゲストハウスでもあるので、旅人もいて、いろいろな人に出会うことができます。 自分の個性を伸ばして見つける仕事 僕が人生を通して実現したいことは、自分の世界に一つだけの花を咲かせたいということです。そのためには、個性を伸ばして自分にしかできないものが見つかればいいなと思っています。僕が思う個性は「自分がワクワクする」ということなので、いま佐久市でワクワクすることを一つずつ増やしているところです。その活動の延長上にライスワーク(ご飯を食べるための仕事)ではない、仕事が見つかるんじゃないかと思っています。今後も佐久市のローカルメディア「おかさく」として楽しみながら情報を発信することで、いろんな方に佐久市を訪れてもらいたいですね。 Youtube(おかさくちゃんねる)FacebookTwitterInstagramnote
自分に問う、存在を作品として表現する
留学先のポーランドから、そのまま長野県佐久市へ移住。アーティストが集うシェアハウスで暮らしをスタート。現在は、パートナーである石田諒さんとクリエイティブユニット「換気扇とクローゼット」としても活動されています。 ポーランドから佐久市へ帰国、移住をスタート 佐久市へ来る前は、ポーランドに留学していました。人生の転機となる経験で、ポーランドでは他の留学生と一緒にドミトリーに住んでいました。留学生同士の対話や関わりの多い暮らしで、帰国してからも東京以外の場所で、そうした環境に身を置けないだろうかと考えました。ポーランドからインターネットでシェアハウスを探しているときに、佐久市の柏屋旅館を見つけました。すごくいいなと思ったので、オーナーに連絡をして、内見もせず、入居願を出しました。住み始めた当初は柏屋旅館もオープンしたばかりで、3名いる住人のうち2名は実家や職場に寝泊まりすることもあり、常時、柏屋旅館に暮らしているのはオーナーと私だけでした。その時期に、地元のことも教えて頂きました、また、地域のいろんな方が訪問してこられて、イベントもたくさん開催されるようになりました。地域のいろいろな方と、自然と知り合いになることができ、柏屋旅館に入居したことで、能動的にも受動的にも地域の人たちと繋がりあうことができました。今の活動にもプラスになっています。 アーティストとして、デザイナーとして アーティストとしては「反復」をテーマに作品を創っています。もうひとつは「神の存在」を解釈するというものです。どちらもインスタレーションで表現しています。父方の祖父が画家だったので、アトリエがありました。私も小さな頃からそこで遊んでいたので気が付いた時には絵を描いていました。両親も、すごくアーティスティックな人で、父はヴァイオリン奏者として活動しており、私が東京藝術大学へ入学し、その後アーティストとして活動していくことも全く否定せずに応援してくれたことには感謝しています。私にとって、アーティストという名前は、その人自身の生き方や生業以外の要素を含む言葉であると思っているので、職業としてのアーティストというよりはロール的なもの、役割としての名前がアーティストなのではないかと思っています。ですから仕事としては、アーティストとしても収入は発生していますが、絵を描くことを世の中に昇華していくっていう意味では、最近ではデザイナーとしての側面もあります。 自然の傍での作品創り 循環や自然のサイクル、命ということや神様ということ、人が生きることを考えていくにあたって、ファクターとして骨を使った作品を創りたいと思うようになりました。佐久市にきて、山で生活をしている方にその話をしたら、鹿を分けてくださったので、共同で活用している土地に鹿を埋めました。漂白するのではなく、微生物に分解されて土の色が沈着した骨になるんです。これ以外でも、東京に居ては自分の作品のテーマや、物質的な実現もできないなっていうのがありました。自然が傍にあることで、作品が飛躍できるのではないかという大きな期待を持って佐久市に来たということがありますね。また、自分の中に流れている東洋的な思想の中で、神様という存在の影響を感じるのですが、長野と東京を比較すると、長野の方が土着の人々が信仰していた名残のようなものが各所に残っているのを間近で見ることができます。佐久に住んでること自体でインスピレーションを受けることができていますね。 佐久市でのちょうどいい暮らし 佐久で暮らして2年半ほどになります。ちょうどいい場所というのが利点としてあると思っていますね。すごい田舎でもないし、行こうと思えば東京にも行ける。行こうと思えばすごい秘境の場所にも行けるし。という感じがちょうどよくて住みやすいし、そこが魅力ですね。実は、私は移住という言葉があまり好きではありません。別の場所からそこに住み着くということではなくて、人は本来、移動しながら文化や価値観を運んでいくものなのではないかと思っています。移住についても、住み着くというよりは、また別の場所に行ってもいい、戻ってきてもいいんだよという部分を含みながら考えたいなと思っています。“ ここち良い生き方”について考える パートナーには他人とは思えない近しいものを感じています。呼吸が合うような。作品創りも、二人でやっていることが多いですね。クリエイティブニットである換気扇とクローゼットのコンセプトは、“ここち良い生き方”です。この“ここち良い”ということにはいろいろなものがあると思うのですが、それぞれが“ここち良い”ということとは何かを考えることが大切だと思っています。自分との対話です。本当の意味で、「自分と話をしているか」ということを問いただすべきなんじゃないかと思っています。そうしたことを考えた上で、“ここち良い生き方”とはなにか、“良い”とはどういうことなんだろうということを考えてもらうきっかけを、活動を通して創りたいと思っています。 存在を作品として表現する 私たちはお互いを尊重するために、籍を入れずに結婚し、選択的夫婦別姓を疑似的に実現しました。「どうしてできないんだろう?」という、自分の中に起こるうずうずした感覚を、社会に対して不満として出すことも大切ですが、悲しいのか、怒りを感じるのか、もっと自分で解釈していくことも必要なのではないかと思っています。その上で、事実婚で、お互いに別の姓で生きている人たちが、楽しそうにここち良く生きているというだけで、姓が同じじゃなくてもいいんだ、姓を変えなくてもいいんだとていう思いを持ってもらうことができるのではないか、と。ユニットの活動では、そんな風に二人の存在が作品になれたらいいなと思っています。 中井伶美プロフィール換気扇とクローゼット
可能性を狭めない“ここち良い生き方”
東京都世田谷区で生まれ。2016年に長野県佐久市に移住。視覚や文章での表現を探求しながら、パートナーの中井伶美さんとクリエイティブユニット「換気扇とクローゼット」としても活動されています。石田 諒さんが考える“ここち良い生き方”についてお話を伺いました。 言葉や文章で表現すること 高校卒業後に、専門学校で映像を学び、テレビの制作会社に就職しました。やがて、高校から続けてきた映像作品の自主制作をしていくにあたって、ドラマやドキュメンタリーづくりに必要な教養と、言葉を使った表現について学びたいと考えるようになり、受験をして法政大学文学部日本文学科に入学しました。もともと自分の感情を言葉にすることが好きで、高校時代から日記やブログを書いました。そういったものを、私小説のような“表現”として昇華できないかなとも思っていて。在学中にゼミの中で何本かの短編を完成させたことは大きな経験となっています。現在もSNSは、僕にとって表現の一つだと思っているので、日常的に発信しています。将来的には長編の物語を書き上げることが人生の目標のひとつですね。“文章で表現する”ことは一生かけて学ぶテーマだなと思っています。2020年の秋には、長野県上田市の上田市中央公民館主催「第60回上田市短詩型文学祭・詩(ポエム)の部」で市長賞(大賞)を受賞しました。文章表現を深めた先のひとつの結果をだすことができたのではないかと思っています。 全く想像していなかった地方都市への移住 大学卒業時に、東京にずっと居続けるのかなと考えるタイミングがありました。就職が決まっていなかったことや、当時お付き合いをしていた方が長野に帰るということが重なり、複合的な理由で全く想像していなかった地方都市への移住を決めました。それまで旅行で長野県を訪れたことはありましたが、住む、生活するイメージは全然沸いていませんでした。仕事は一般企業での就職も検討しましたが、企業数が少なくて。全く知らなかった地域おこし協力隊の仕事をたまたま教えてもらい、試験を受けて実際にハタラクことが決まったのは、移住直前です。急だったので引っ越しまで一か月もないという感じで。佐久市がどの程度発展しているのかもよくわかっていなかったので、メジャーなポイントカードやチェーン店の会員カードなどをほとんど東京で処分してきてしまうくらいでした。今となっては笑い話ですが。住んでみると佐久市は東信地方の中でも1、2を争うくらい都会ですし、発展していますね。 外から来て刺激を与える、地域おこし協力隊としての活動 地域おこし協力隊では、望月という地域の文化と中山道の活性化というテーマで勤務していました。具体的には、市民勉強会や地域の文化祭などをサポートしていました。僕は写真を撮ったり文章を書くことができるので、広告物の作成や、SNSでの情報発信などを担当していました。なにか素敵な行事やイベントがあっても、地域の中から情報がでていかないので、佐久市地域おこし協力隊の公式ページのほか、個人のSNSも大いに使って発信していきました。それが仕事なのか、自主的なものなのか、趣味なのかあいまいでしたが、効果としては一番大きかったことかなと思います。SNSによる地域情報の発信は今も続けています。地域おこし協力隊は、外から来てなんらかの刺激を与える役割だと思います。僕は良くも悪くも都会が好きな人だったので、地域にとってはインパクトがあったのではないでしょうか。いわゆる田舎に対する誤解とか、思い込みとかも、少しずつ出して行ったので、反響は大きかったのかなと思います。 地域で需要のある“技術を持った働き方” 協力隊退任後の仕事は文筆と写真撮影で、長野県東信エリアの農業と食を紹介するフリーペーパーに写真を撮って記事を書く仕事や、病院や学校のパンフレットの表紙や人物撮影などをフリーランスとして請け負っています。100%県内の仕事です。地域おこし協力隊時代の人づてで依頼していただくことが多く、不思議と途切れていません。仕事ではアーティストとしてではなく、依頼主との信頼関係を築いて、相手の意向を汲みながら進めるというキャッチボールがうまくできているように思います。そう思うと、地域には技術を持っている人材は都会に比べるとまだまだ不足しているので、技術があると需要は高いですね。これから移住を検討される方も、就職だけでなく、独立自営や複業など、自分はこれだけは誰にも負けません、これなら楽しんでできます、みたいなものをもっていらっしゃるとうまくいくのではないでしょうか。 移住後の暮らし方、楽しみの見つけ方 移住をする場合は、もともと田舎暮らしをしたくて来ている方や、旅行で来たことがあって移住を決めたという方が多いと思います。僕は、降ってわいたように佐久に来たので、移住してから、いかにこの地を面白く思うか、魅力を見つけられるかを探し続けました。仕事もあって、遊びもできて、人にも会えるということを探求したが、そのことはおそらく人生そのものですよね。その中で、パートナーとの出会いは大きなものでした。ばりばりのアーティストである妻と出会って、素直に生きよう、ごまかさないで生きようと思うようになりました。二人でクリエイターとしてもパートナーとなり、表現し、作品を創り続けていることはとても豊かなことです。 移住後はアーティスト活動として、自主制作のドキュメンタリー映画の上映会を6回開催した “ここち良い生き方”について考える 佐久市にきて、パートナーと出会い、“ここち良い生き方”とは何だろうと考えるようになりました。働きすぎずに、楽しいと思うことを増やして行くこと。断る時は断り、これはちょっと難しいですと言えること。反対にこれをやりたい、というときにはいつでもやれるようスタンバイしておくこと。足腰が弱っていくと激しいスポーツが難しいとか、今から歌手にはなれないとか、僕なら文学賞を取るのは難しい、無理でしょうということではなく、いくつになってもやりたいと言えて、周りも応援してくれる。自分も自分を騙すのではなく、これできるよと言えたり、立ち直ったりできる状況。まだ研究中ではありますが、そういったメンタルや状況のあることの総称を、僕は“ここち良い生き方”と呼んでいます。可能性を狭めない生き方ですね。佐久市で暮らす中で刺激的な方にたくさん出会えました。こうでなければいけないという価値観を壊されて、やりたいことをやっていっていいんだな、いつ切り替えてもいんだなと思えるようになりました。そうした経験から、“ここち良い生き方”について考え、発信できるようになりましたね。 視覚とイメージと言葉 換気扇とクローゼット
DIYで得る自己満足 自分で創って感じる幸せ
長野県・佐久市で、住まい手さんが自らの手で家を創る“セルフビルド”をサポートする、えんがわ商店の渡辺正寿さんにお話を伺いました。DIY(Do It Yourself)で創る幸せとは。 「自分でモノを創ること」の面白さ 出身は栃木県です。学生の時に神奈川県横浜市に行って、そのまま横浜市でハウスメーカーに就職しました。その後、長野県上田市に勤めたい工務店があったので転職しました。やがて工務店を退職し4年ほど、建築関連の仕事からは離れていました。それまで建築の仕事は営業や広報だったので、現場でモノを創る経験はありませんでした。でも仕事として建築から離れていた期間に、自宅の庭に自分で薪小屋を建ててみて、「自分の手でモノを創ること」の面白さや可能性を感じたんですね。その経験からセルフビルドをサポートする、えんがわ商店をはじめました。 住まい手の想いを表現するセルフビルド セルフビルドパートナーは住まい手さんが家をつくる時に、ご自身で手を動かすことを推奨しています。“自分の住まいを自分の手で創る”お手伝いです。具体的には壁塗りや床貼りの内装と小屋づくりなどですが、ニーズは住まい手さんによってさまざまです。一見難しそうな作業でも「やってみませんか?」とお声掛けすると意外とできてしまうことも多く、こちら側でできないと決めつけたり、型にはめすぎないように気を付けています。「家は三回建てないと満足しない」といわれますが、「なんでなんだろう?」と考えてみると、住まい手さんの想いや希望を、専門の作り手だけでは表現しきれないからではないかと思います。家は、住まい手さんの自己表現に近いものだと思います。想いを表現するには、住まい手さんが表現できる場と機会を創ること。そうすることで、理想に近い住まいができあがるのではないかと思っています。 DIYは「自己満足」 僕は一日中作業をして、夕方くらいに自分が創ったモノを眺める時間が大好きです。30分でも1時間でも眺めていられるくらいですね。誰かが見ると「よくできたね」で終わってしまいますが、創った自分はよくできたところが一番わかる。「Do It Yourself」いわゆるDIYはいい意味で「自己満足」なのだと思います。いつの間にかできてしまったものよりも、自分の手で創ったモノであれば、「少し失敗しちゃったけど、よくできたな」と愛着もわくし、満足できる。この自己満足を感じてもらうということが、えんがわ商店の一番のサービスです。 幸せの感度を上げる、自分を満たす DIYは家を創ることだけではありません。料理を創る、文章を書く、写真を撮る、コミュニティを創ることなどもDIYだと思っています。どれも自分で創り上げたという満足感を得ることができますし、自己満足を感じることが自信につながり、自己肯定感になると思います。日常の中でDIYによる小さな成功体験を積み重ねると、幸せの感度も上がります。幸せを感じる帯幅を広げて、DIYで自己満足する。幸せは主観的なものです。自分自身が満たされる状況を自分でどうやって創るのかを考えてみると、DIYが役に立つのではないかと思っています。 自分を表現しやすい、地域での暮らし 佐久市に移住したのは、草原の目の前で暮らしてみたいと思っていたからです。それと、なんとなく自分に合いそうな感覚があったから。最初は何もないように感じていましたが、今では面白いヒトが増えて魅力的な町になってきていると思います。何もなかったから、みんなDIYで生み出しているのかもしれません。地域での暮らしはDIYに向いていると思います。発信すれば、地域のローカル検索エンジンみたいなものに引っかかって誰かとつながることができる。自分で表現したいことがあるヒトにとっては、表現しやすいのが地域だと思います。 幸せの感度を広げるお手伝い 自分自身が建築から離れていた時期に、農家で働いたり、小屋を創ったりしてみて、「ああ、意外となんとかなるんだな」と気が付きました。都市型の消費する暮らしでなく、なければDIYで創る。DIYが選択肢のひとつになれば、逃げ道ができるんだなと。自分で命を絶つという選択をせざるを得ない方にとっても、視点を変えれば選択肢がほかにもあること、逃げ道があることを伝えたい。逃げたらだめという思い込みを外していきたいですね。逃げてもいいし、誰かに頼んでもいいし、自分でDIYしてもいい。自死を減らしたいというのも、僕のテーマのひとつです。地域では、暮らしもハタラクもDIYも全て隣り合わせ。その中で自分を表現できるし、自分なりの生き方が実践できる場所。自分がハタラクを通して表現することで、一人でも多くの方の幸せの感度を広げるお手伝いができたらいいなと思っています。
自然と農と、地域での暮らし
埼玉県から長野県・佐久市に移住。移住後に未経験から農業をはじめて8年目。小さなころから自然が好きだったという磯村 聡さんに、農のある暮らしと地域とのつながり、里山の自然を守る想いについてお話を伺いました。 移住は「失敗しても、だめでもいい」 農業を始める前は、国立公園の自然ガイドや野外体験施設のスタッフとして働いていました。子供の頃から自然が好きで、自然とヒトをつなぐ仕事をしたいと思っていました。佐久は母の実家です。祖父が高齢になり農業はもうできないという話を聞いたときに、昔からよく通っていた大好きな里山で何かできないかなと思い、移住することにしました。不安もありましたが、「失敗してもいい、だめでもいい」という気持ちでまず行動しました。最初から農業をやるつもりではなかったのですが、畑と田んぼがあるなら、作物を作ってみようと思い、一年間の農業研修を受けてから佐久に移住しました。8年経った今は、炭素循環農法で、野菜を育てるつながり自然農園として、主にミニトマトやフルーツコーンの生産を行っています。 移住先での仲間づくり 佐久には知人もいませんでしたし、移住当初は孤独感も感じました。でも目の前の農業のことに手一杯で、落ち込む暇はありませんでした。初めの一年は思い通りにいかないことも多く、試行錯誤の連続でした。何をやっていたのか覚えていないくらいです。最初は地域の若い世代のヒトたちとのつながり方がわからなかったのですが、佐久には若手の農業者の方が多いことがわかり、そうした方の会に参加するようになりました。ここでさまざまな出会いがあり、友達と呼べるヒトにも出会うことができました。 地域のヒトとの連帯感 住んでいる地区には、専業農家の方は少ないですが、皆さん小さくても畑や田んぼを持っています。暮らしてみると農は地域を作っている部分が大きいなと思います。どの家でも畑の草を伸ばしたままにすることはなく、「そろそろ刈らなきゃいけないな」と思っていますし、地域全体で地域を保とうという連帯感があります。みんなで清掃をしたり、観光資源になる花を植える作業などを行うことで一体感が生まれます。こうした日常の中で、助け合う意識が当たり前に醸成されているように感じています。地域の子供たちも人数は少ないですが、世代に関係なく一緒に遊んでいます。大人も子供も世代を越えた交流ができるのは、地域の魅力の一つだと思います。 自然+農を軸にしたもう一つの生業 作物を作って売るということ以外に、農を軸にしたいくつかの生業を持っています。ひとつはうちやまコミュニティ農園で、ここには農をベースにしたサードプレイス的役割があります。かかわり方もニーズに合わせて選択していただくことができます。もうひとつは、自然ガイドの経験から、田植えや、稲刈り、トウモロコシ収穫や、ホタル観察、田んぼの生き物観察や、畑キャンプなどの自然体験を県内外の方にも楽しんでいただくサービスを作っています。いずれも自然+農を軸に地域の魅力を伝える生業です。 農のある暮らしをデザインする これから力を入れていきたいことは、“一坪家庭菜園”の普及です。これは、1m×1mくらいの土地を木枠で囲って、プランターのように土を詰め、野菜や植物を育てるものです。コンクリートの上でもできますし、小さな範囲なので手入れも楽です。地方でも都市部でもどこででもできます。この一坪家庭菜園では、誰でも気軽に農のある暮らしを実現することができます。考え方やノウハウを広めることで、農に対するハードルを下げることができればいいなと思っています。一坪家庭菜園を通じて、農のある暮らしにさらに興味を持ってもらえるなら、次はコミュニティ農園に来て頂いたり、その先は移住や就農につながっていくのかもしれません。 Photo:石田 諒 身近なヒトを大切にすることで自然を守る 以前は、自分が農業に携わることで里山の環境を守りたい、関わるヒトに自然を好きになってもらいたいと、少し壮大に考えている部分がありました。でもいまは、地域のヒトやSNSの発信によってつながり、共感し合えるヒトたちなど、身近なヒトをまず大切にしたいと思うようになりました。そうした想いこそが結果的に里山を守っていくことにつながっていくのではないかと思っています。
【佐久市・イベント】地域×模索人<岡田薫編>
模索(もさく):手さぐりでさがすこと。あれこれとさがしもとめること。(大辞林) ・・・・・ 地域をよりよくしたい、自分のやりたいことを実現したい。ただ思っていても、実際に行動に移さなければ、残念ながら実現しません。 そして、実現させるために行動しはじめると、うまくいったりうまくいかなかったりで、どちらかというと、うまくいかないほうが多いかもしれません。 それでも、実現のために、手探りで試行錯誤しながら、答えを探し続ける。そんな地域で模索しつづける人をゲストに招き、話を聞き、共感したり、意見を言ったり、仲間を見つけたりするための企画が 【地域×模索人】 です。 ・・・・・・ 記念すべき第1回目は、つい最近、東京と佐久地域での2拠点生活をスタートさせた「岡田薫(おかだかおる)」さんです。 岡田さんが佐久地域でやりたいと思っている、 ●シェアリングエコノミーを活用したモノのシェアや●地域通貨の仕組みを使った、現金より温かみのある価値交換ができる仕組み などを語ってもらいたいと思います。 ・・ 岡田さんは風の人。まだ「関係人口」という言葉が世の中になかったころから、全国各所の地域に入り込み、地域にかかわってきています。そして、その活動資金はECを業にし確保してきていましたが、ただ単にお金を稼ぐだけではない働き方や暮らしを求めて、この佐久地域にやってきてくれました。 今、岡田さんが佐久で実現したいと思っていることは、長い目で見たとき佐久にとってとても素晴らしいことだと思います。地域を楽しく、より良いものにしていくために、皆さんぜひお集まりください。 また、トーク後は対話をしながら交流会をしたいと思います。これも岡田さんが佐久に来てからすぐに「佐久の食材や加工品をおいしく食べて発信する」活動をはじめられています。せっかくなので、佐久のおいしいものを食べながら発信しながら交流しましょう。 ・・・・・・ ▼△▼こんな人におすすめのイベントです▼△▼ ☑ 岡田さんに会ってみたい方☑ 地域でシェアリングエコノミーや地域通貨の仕組みに興味のある方☑ 地域をよりよく、楽しいものにしたいと思っている方☑ 自分らしい暮らしをしたいと思っている方☑ 首都圏と地方で2拠点生活を考えている方☑ 首都圏在住で地方に居場所を創りたいと思っている方☑ 佐久地域内外で活動する面白い仲間と出会いたいと思っている方 etc △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼ ◆日にち 2020年7月17日(金)◆時 間 19:00~21:00◆会 場 ワークテラス佐久オープンラウンジ 佐久市中込2336-1◆会 費 会場代と交流会の食材をみんなで割り勘(1,000円~2,000円程度)◆持ち物 あれば(皆さん自身の活動が紹介できるもの)◆申 込 イベントの参加ボタンをクリック◆内 容 19:00~19:20 イベントの趣旨説明・自己紹介等 19:20~19:50 岡田さんトーク・質疑応答 19:50~21:00 佐久のおいしいものを食べながらダイアログ ※イベント後半は自由に対話をします。最後にオープンマイクも行いますので、ご自身の活動で告知等がありましたらぜひお持ちください。 ※オンライン配信も予定していますので、参加希望の方はメッセージをください。